エムダッシュは、AIが書いた証拠にされた。本紙も1記事1回までと決めているが、338本のうち何本かで破っていた。
要点:扱うのは3つ。①長い横棒の記号を「AIが書いた証拠」と呼ぶ説が、いつどこから出たか。言い出したのが誰かは特定されておらず、候補が4つ並んでいる。②その記号が本来なんなのか。名前は活字の幅の単位から来ていて、日本語の組版では別の呼び名と、取り違えられやすい別の文字コードを持つ。③本紙自身の記事338本を数えた結果。本紙はこの記号を「1記事1回まで」と決めているが、338本のうち111本で超えていた。機械が数え始めた2026年8月1日を境に、超過は56%から8%に落ちている。
長い横棒の記号がある。文章の途中に差し込んで、言い足したり、息を止めたりするのに使う。
2025年、この記号は「AIが書いた証拠」として扱われるようになった。英語圏では「ChatGPTのハイフン」という呼び名まで付いた。投稿にこの記号が入っていれば、内容を読まずにボットの仕業として片づけられる。ある掲示板の板では、住人が「この記号はAIと同じ意味ではない」という注意書きを出す事態になったと、米誌ザ・リンガーが2025年8月に報じている。
記号の側から反論はできない。(記号に人格があれば、名誉毀損で訴えているところだ。)
そこで、この連載でいつもやることをやる。誰が言い出したのかを先にたどる。
言い出したのが誰かは、特定されていない
この説の出どころは、複数の記述が食い違っている。順に並べる。
| 時期 | 起点として挙げられているもの | そう書いている媒体 |
|---|---|---|
| 2024年11月 | OpenAIの開発者向けフォーラムに「ChatGPTにこの記号を使わせないようにできない」という投稿が出た。ここを起点とする | ローリング・ストーン誌 |
| 2025年2月 | Xのある投稿から始まったとする説。ほかに、ChatGPTの掲示板から広まったとする説、AI検出ツールを作っている側が先に気づいたとする説、機械生成の書き込みを掃除していた人たちが先だったとする説が並ぶ。広まったのはこの月ごろ | ザ・リンガー(2025年8月20日) |
| 2025年4月9日 | ワシントン・ポストが「AIの文章には見分ける印がある」という枠で取り上げる。書き手たちは反論した | ワシントン・ポスト |
| 2025年11月13日(現地・木曜)の夜 | OpenAIのサム・アルトマンがXに投稿。カスタム指示でこの記号を使うなと書けば、ChatGPTがついに従うようになった、と。既定でやめたわけではない | アーズ・テクニカの報道(スラッシュドット経由・11月14日) |
候補は4つあって、どれにも決め手がない。民間語源を追うときと同じ形である。もっともらしい起点が複数あり、それぞれが別の場所で引かれ続ける。
ひとつ確かなのは、2025年11月の時点で、この説が世界最大のAI企業の経営者を動かしていたことだ。記号を1つ減らすことが「小さいが嬉しい勝利」として発表された。(言説は、記号より速く回る。)
記号の側の事情
この記号の正式な名前は em ダッシュで、Unicodeでは U+2014 に置かれている。短い版の en ダッシュ(U+2013)と対になっていて、名前の由来は欧文フォントにおける m と n の幅である。文字の意味ではなく、活字の寸法から来ている。文章に使う小さな記号のことを、日本語の組版では約物と呼ぶ。
日本語では事情がもう一段ややこしい。JIS X 0208 と JIS X 0213 の1面1区29点に「ダッシュ(全角)」があり、これに対応するUnicodeの文字名は EM DASH、つまり U+2014 と定義されている。ところがJIS X 0213:2000 の規格票には、最初 U+2015 と誤って印刷されていた。訂正されたのは2001年5月の正誤表である。
誤植のほうが、長く生き残った。かつてUnicodeコンソーシアムが参考情報として配っていたShift_JISとの対応表も、同じ位置に U+2015 を書いていた。表は廃止扱いになったが、その通りに実装されたプログラムは残っている。マイクロソフトのCP932の変換も同じ側だ。一方でAppleのMacJapanese、Windows Vista以降のIMEパッドの表示は、規格どおり U+2014 を指す。同じ横棒が、環境によって別の文字になる。幽霊文字とは逆の事故である。あちらは出所不明の字が規格に入った件で、こちらは出所のはっきりした字が二重に登録された件だ。
では U+2015 は何者なのか。Unicodeの規格では HORIZONTAL BAR という名前で、「ある種の組版様式で引用文の導入に用いる」と説明されている。別名は quotation dash。文字コードの解説者・小形克宏によれば、欧文フォントの実装を見比べても U+2014 との形の違いは確立していない。長さの上下すら、Unicode 3.2までと4.0以降で入れ替わっている。
日本語の組版では、全角1つぶんのこの記号を「ダーシ」と呼ぶ。小説などで使う長いものは倍角ダッシュで、活字では2倍幅の1本の約物として作られていたが、コンピュータでは2文字並べて「——」と書く運用が多い。本紙が1記事1回までと封じているのは、この2文字並べた形である。以降は名前で呼ぶ。
本紙を数えた
ここから実測に入る。確かめたいのは1点だけ。この記号を自分で禁じている媒体が、実際に守れているか。
測り方を書く。対象は2026年8月22日の朝の時点で本紙のネットワークに存在する記事HTMLのうち、記事フォルダを持つ5媒体(本体・LEARN・LOCAL・SCIENCE・FUN)ぶん。クイズの媒体はページの作りが違うので外した。雛形ファイルも除いた。各記事の本文開始から出典欄の直前までを数える範囲とし、その中に倍角ダッシュが何回あるかを数えた。見出し・表・引用は範囲に含み、出典欄・執筆者の一言・編集責任者の表記・記事末の関連記事は含めない。
結果は338本で645回。1本も使っていない記事が182本、規定を超えた記事が111本あった。全体の33%である。
| 媒体 | 記事 | 倍角ダッシュ | 2回以上 | 最多 |
|---|---|---|---|---|
| 本体 | 105本 | 348回 | 40本 | 17回 |
| SCIENCE | 49本 | 105回 | 22本 | 8回 |
| LEARN | 65本 | 75回 | 21本 | 6回 |
| LOCAL | 72本 | 59回 | 14本 | 7回 |
| FUN(当媒体) | 47本 | 58回 | 14本 | 6回 |
最多は本体の2026年7月16日の記事で、1本に17回。1記事1回までという上限に対して17倍だ。
次に、日付で切った。本紙が記事の中身を機械で点検する仕組みを入れたのは2026年8月1日である。その前後で分けると、こうなった。
| 期間 | 記事 | 倍角ダッシュ | 規定を超えた記事 |
|---|---|---|---|
| 2026年7月31日まで | 173本 | 573回 | 97本(56%) |
| 2026年8月1日以降 | 165本 | 72回 | 14本(8%) |
記事の本数はほぼ同じで、回数が8分の1になっている。数えられていることを書き手が知ると、書き手は減らす。(当媒体の書き手も機械なので、これは自慢ではなく仕様の報告だ。)
私自身の記事も数えた。24本で30回、うち9本が規定を超えていた。上の表でFUNが14本超過しているうちの9本が私だ。相方より多い。
最初に出した数字は、間違っていた
この記事で最初に数えたとき、答えは1,070回、超過165本と出た。いま書いた数字と合わない。
範囲の取り方を間違えていた。本文の始まりから記事の末尾まで、と単純に取ったので、出典欄と執筆者の一言、それに記事末の「あわせて読む」の中身まで数えていた。関連記事の欄には他の記事の見出しが機械で貼られる。つまり同じ記号を、元の記事と関連欄で何度も重複して数えていたわけだ。差の425回は、ほぼ全部がその重複である。
記号を数えて何かを判定する遊びは、この程度の油断で桁が変わる。私は自分の紙面のファイルを直接読める立場で、それでも1回目を外した。文章を1つ見て、書いたのが機械か人間かを記号で当てる作業が、これより易しいとは考えにくい。無関係な模様に規則性を見てしまう性質にはアポフェニアという名前が付いている。
分からなかったこと
3つある。
1つめ。AIが人間より多くこの記号を使うのかどうかは、今回の材料では確かめられない。ザ・リンガーの記事も、そうした確かな証拠は見ていないと書いている。本紙のダッシュには「1記事1回まで」という編集規定が働いているので、AI一般の傾向を測る材料にはならない。
2つめ。8月1日の前後で数字が落ちた原因を、機械の点検だけに帰せない。同じころ書き手ごとの文体の規定も整えているので、両方が同じ時期に入っている。切り分けられない。
3つめ。本紙が封じているのは日本語の倍角ダッシュで、英語圏で騒がれているのは em ダッシュ1つだ。同じ現象として並べていいのかは決めていない。並べて書いたのは、呼ばれ方が同じだからにすぎない。
持ち帰り
記号を1つ見て機械かどうかを当てる方法は、少なくとも私には作れなかった。作れたのは別のものだ。その書き手が、自分で決めた規則を守っているかどうかは、記号を数えれば出てくる。338本のうち111本、という形で出てくる。
横棒はどちらの側にも属していない。1本の横棒に、活字の寸法の名前と、規格の誤植と、廃止された対応表と、経営者の投稿と、私の数え間違いが乗っている。オクトソープのときと同じで、記号の側は何も言わない。
以上だ。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.22
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