畑の円は宇宙人の仕業だと言われていた。作った当人によれば、始まりは一杯やりながらの思いつきだった。
要点:渡すのは3つ。①畑の円が何の仕業だと言われてきたか。宇宙人、地球のエネルギー、竜巻、プラズマと入れ替わってきた。②作ったと名乗り出た人物が語った中身。イングランド南部の二人組で、発端は1976年、道具は板とロープ、作った数は200以上。③名乗り出たあとも残っている分。すべての円が二人の手によるとは、当人たちも言っていない。ついでに、日本語の「ミステリーサークル」は英語ではない。英語では crop circle という。
畑の麦が円く倒れている。上から見ると、定規で引いたような幾何学模様になっている。
この現象に付けられた説明は、時期ごとに入れ替わってきた。宇宙船の着陸跡、地球のエネルギーの噴出、古代の霊、竜巻、プラズマ。そのなかで最も地味な説明が「人が夜中に踏み倒した」で、これは長いあいだ本気で相手にされなかった。
相手にされるようになったのは、踏み倒していた側が名乗り出たからである。
いま何と言われているか
まず通説の側から並べる。ここでは否定しない。
1980年代、英国南部で円の報告が増えると、原因の議論が始まった。宇宙人説とUFO説が目立ち、霊やオカルトと結びつける説も出た。より科学的に見せる仮説として、ダウンバースト説やプラズマ説も唱えられた。日本では1990年に福岡県で稲田の円が見つかり、全国のニュース番組が取り上げ、見物客が押しかけた。町はミステリーサークルのテレホンカードを売った。
いま残っているのは、大半が人の手によるものだという見方である。ただし「大半」であって「全部」ではない。この差については最後に書く。
発端は、一杯やりながらの思いつきだった
1976年、イングランド南部のウィルトシャー。ダグ・バウワーが、ある晩の一杯の席で、相方のデイヴ・チョーリーに持ちかけた。あそこへ行って、空飛ぶ円盤が着陸したみたいにしよう。バウワーは、円盤の着陸跡というものを自分の目で見てみたかったのだと、後年に語っている。
(見たいなら作る、という手順の短さには、いくらか感心する。)
下敷きになった話がある。1960年代のオーストラリアで、UFOの着陸跡とされる円がときどき報告されていた。ブリタニカは、二人が最初に着想を得たのは1966年、クイーンズランド州タリー近郊の目撃談だとしている。葦が円く倒れていた、というものである。英語ではこれを saucer nest、円盤の巣と呼んだ。「空飛ぶ円盤」という語そのものが新聞の見出しから出たのが1947年なので、巣のほうが二十年ほど遅れて付いたことになる。
ウィルトシャーという土地の側にも、事情があった。ストーンヘンジがあり、エーヴベリーの巨大な環状列石があり、丘陵には古墳と立石が点在している。それらを結ぶ「レイライン」という地下の力の線があるという説が、この地域には流通していた。黒い犬の幽霊や首なし御者の民話もある。円を描く場所としては、これ以上ない下ごしらえが済んでいた。
板とロープ
1991年、二人は名乗り出た。1970年代後半から200を超える円を作ったこと、使った道具が板とロープだけであることを明かしている。ブリタニカの表現は「ropes and boards より複雑なものは何も使わずに」である。板の両端にロープを結び、ロープを手で持って板を足で踏み下ろす。それだけで麦は倒れる。
この告白は、英国の新聞 Today が1991年9月に一面で報じたとする記述が、複数の資料で一致している。二人はラジオとテレビにも出た。ただし私はその紙面そのものには当たれていない。日付と見出しをここに書き写すことはしない。
告白のあと、円が減ったかというと減っていない。真似をする者が現れ、集団ができ、円は年々複雑になった。作り手は自分たちを芸術家と考えており、スポーツ用品の広告のために畑に円を描く仕事もしている。愛好者の側は彼らを「汚染者」と呼ぶ。
日本では、英語にない名前が付いた
ここで名前の話をする。
「ミステリーサークル」は英語ではない。デジタル大辞泉はこの語を《(和)mystery+circle》と表記し、補説に「英語では crop circle」と書いている。和製である。英語圏では crop circle、あるいは corn circle と呼ぶ。海外で mystery circle と言っても、まず通じない。
誰が名付けたのかについては、日本の物理学者が自分の造語だと主張している、という記述を見かける。同じ資料のなかに、その主張と食い違う記述も並んでいる。出典が示されていないので、本項では採らない。民間語源と同じで、名前の由来の話は、名前そのものより速く広まる。
偽の証拠は、伝説を消さずに伸ばす
この件を面白くしているのは、告白そのものではなく、告白のあとに起きたことだ。
民俗学にオステンションという言葉がある。既にある言い伝えを裏づけるために作られた偽の証拠が、たとえ後で偽物と分かっても、その言い伝えの受け取られ方を変えてしまう。証拠は消えるが、伝説は伸びる。UFOの写真、ネス湖の怪物の写真、心霊写真は、だいたいこの枠に入る。
作る動機が、必ずしも人を騙すことではない点も、この語の使いどころである。1917年から1920年にかけてヨークシャーのコティングリーで撮られた妖精の写真がその例に挙げられる。撮った少女の一人は、死ぬまで「妖精は本当に見た、写真はその記念だ」と言い続けた。信じているからこそ、証拠を作った。シャーロック・ホームズを書いた作家が、この写真を本物と判定している。
畑の円の愛好者は、自分たちを croppy と呼ぶ。この人たちの語法では、言葉の意味がひとつ反転している。「genuine(本物)」とは、ふつう出所のはっきりしたもののことである。croppy の語法では逆で、出所の分からない円が「本物」、人が作った円が「偽物」になる。作者が判明した瞬間に、その円は価値を失う。
(作者不明であることが品質保証になる分野は、そう多くない。)
ここまで来ると、告白した側の後悔にも筋が通る。バウワーは後年、黙って夜歩きを続けていればよかったと友人に話している。名乗り出た本人が、名乗り出たことを惜しんでいる。アポフェニアの項でも触れたが、意味を読み取る側の熱は、読み取られる側の事情とは関係なく回る。
たどれた分と、たどれなかった分
正直に分ける。今回、本文まで読めた資料は5件、原文や原紙まで届かなかったものが3件ある。
| 確かめられたこと | 確かめられなかったこと |
|---|---|
| 1976年にウィルトシャーで始めたこと。持ちかけたのはバウワーで、場は酒の席だったこと | 告白を報じた1991年9月の紙面そのもの。日付と見出しは二次的な記述しか見ていない |
| 1970年代後半から200を超える円を作ったと二人が語ったこと。道具が板とロープだったこと | 「記者や研究者の前で実演してみせた」と伝えられる場面の詳細。何をどこまで見せたのかまでは届かなかった |
| 着想の元が1966年のオーストラリア・タリー近郊の目撃談であること | 「ミステリーサークル」の名付け親。主張はあるが、同じ資料のなかで否定もされている |
| 「ミステリーサークル」が和製で、英語では crop circle であること | 二人がイグ・ノーベル賞を受けたという記述。主催者側の受賞者一覧の当該年の項までは開けなかったので、ここでは書かない |
そして最後の一点。すべての円が二人の手によるとは、当人たちも言っていない。英国だけで作り手の集団が二十以上あったとされ、いまも動いているものがある。制限時間内に独創的な円を作る競技会まである。二人が作ったのは200余りで、報告された円の総数はそれよりずっと多い。
この連載で毎回起きることが、ここでも起きた。名乗り出た人がいて、道具まで公開して、それでも噂は畳まれなかった。畑の円は、いまも夏になると現れる。作っているのが誰なのかは、その都度また分からなくなる。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.24
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