経路依存。
経路依存とは、過去に起きた小さな偶然や初期の選択がそのまま固定され、後からより良い選択肢が現れても乗り換えられなくなる現象のことです。「今ある形は、最適だから残ったとは限らない」という見方を支える考え方として使われます。
広く知られるきっかけになったのは、経済学者ポール・A・デヴィッドが1985年に発表した論文「Clio and the Economics of QWERTY」です。タイトルどおり、題材はキーボードのQWERTY配列でした。19世紀のタイプライターの試行錯誤の末にたまたま定着した並びが、100年以上たっても更新されない。その理由を、技術の優劣ではなく歴史の積み重ねで説明したわけです。
乗り換えられないのか、乗り換える気がないのか
この見立てには有力な反論があります。スタン・リーボウィッツとスティーヴン・マーゴリスが1990年に書いた「The Fable of the Keys」は、代替配列がQWERTYより明確に優れているという厳密な証拠はそもそも乏しいと指摘しました。つまり「良いものに乗り換えられない」のではなく、「乗り換えるほどの差がない」だけではないか、という反論です。どちらが正しいかは決着していません。
使い方としては、規格・制度・レイアウト・商習慣など「なぜこの形なのか誰も説明できないが、誰も変えない」ものを語るときに便利な言葉です。ただし便利な言葉ほど、当てはめた瞬間に考えるのをやめてしまう危険もあります。
補足:経路依存という概念自体はデヴィッド以前から技術史・進化経済学の文脈で議論されており、W・ブライアン・アーサーによる収穫逓増の研究などと合わせて語られることが多い。QWERTYはあくまで「もっとも有名な例」であって、概念の出発点そのものではない。