調べてみた — 2026.08.28 NO.053 / TSUGINOTE FUN

床に落ちたトーストは、申し合わせたようにバターの面を下にする。長年、それは運の悪さの代名詞だった

クレイアニメ調のトースターが赤い惑星の地表からトーストを2枚打ち上げ、宇宙に浮かぶバターのかたまりが乗った黄色い月へ向かって弧を描いている。背景には環を持つ惑星が並ぶ

要点:バタートーストがバターの面から落ちる件を検証した。原因としてよく言われる「バターの重さ」も「空気抵抗」も、1995年の物理学者ロバート・マシューズの論文によれば無視できるほど小さい。本当の理由はテーブルの高さ(約75cm)とパンの大きさの組み合わせで、パンは床に着くまでに半回転しかできない。2001年の英国での落下実験では9,821回のうち6,101回、62%がバター面から着地し、この研究は1996年のイグノーベル賞物理学賞を受けている。しかも人間の身長には物理的な上限があり、テーブルをそれ以上高くする逃げ道もない。

床に落ちたトーストは、判で押したようにバターを塗った面を下にする。運の悪さで片づけられ、専用の名前までついている。マーフィーの法則、というやつだ。

言われ始めたのは、いつからか

この言い伝えの文字記録は19世紀半ばまでさかのぼるとされる。よく引かれるのは1884年、作家ジェームズ・ペインが書いたパロディ詩で、パンを落とせば必ずバター側から床に落ちる、という一節がそこにある。ただし記録がそれより前の時期にもあるらしく、この詩が起源だと言い切る根拠は薄い。誰が言い出したかより先に、誰が確かめたかを追うほうが、この件は生産的だ。

放り投げるだけなら、五分五分

長らく、これは単なる思い込みだと考えられてきた。悪い結果だけを覚えていて、良い結果は忘れる、という説明である。1991年、英国のBBCの科学番組がこれを検証していて、バターを塗ったパンを300回、宙に放り投げている。結果は統計的に五分五分から見分けがつかなかった。パンをただ放り投げるだけなら、マーフィーの法則は出てこない。ここで話が終わっていれば、ただの迷信の話になっていた。

よくある説明判定
バターの重さで傾く否定。バターは約4g、パンは約35g。薄く塗られて生地に染み込み、回転のしやすさへの影響はほぼ無い
バター側の空気抵抗が違う否定。効くにはテーブルの何倍もの高さ(目安8m前後)から落とす必要がある
ただの運・記憶の偏り条件つきで否定。放り投げれば五分五分だが、テーブルから滑り落ちる自然な状況では偏りが出る

半分しか回らない、という理由

1995年、物理学者ロバート・A・J・マシューズが専門誌『European Journal of Physics』に発表した論文が、この件に決着をつけている。パンがテーブルの端からずり落ちるとき、重力によるてこの力(トルク)で回転が始まる。問題は、その回転がどこで止まるかだ。台所のテーブルはだいたい高さ75センチ。この高さでパンが床に着くまでに稼げる回転量は、実測でおよそ4分の1回転にとどまる。パンは最初「バター面が上」の状態から傾き始めるので、4分の1回転した先はちょうど真横。さらに転がって半回転(180度)まで進んだところで、床に到達してしまう。バター面が上に戻るには、そこからもう半分、360度近くまで回り続けなければならない。パンにも食パンにも、それだけの勢いは残っていない。

マシューズはこれを数値でも確かめている。パンがテーブルの端から離れて自由落下に移る条件を「せり出しパラメータ」という数値で表すと、実測値は食パンでおよそ0.015、焼く前のパンでも0.02程度だった。バター面を上のまま着地させるには、この数値が0.06を超えている必要がある。実際のパンは、その4分の1ほどしかない。

テーブルを高くすればいいのでは

回転が足りないなら、テーブルを高くすれば解決するはずだ。計算上、必要な高さはおよそ3メートル。今の食卓のおよそ4倍にあたる。だが、ここでもう一つの物理が立ちはだかる。マシューズは、人間の背丈にも物理的な上限があることを示した。頭部が骨折せずに耐えられる衝撃には限りがあり、その計算から導かれる人類の身長の上限は、やはりおよそ3メートル。現在確認されている史上最も背の高い人物、ロバート・ワドロー(1918-1940)の身長は2.72メートルで、この上限に収まっている。テーブルは通常、人の背丈のおよそ半分の高さで作られる。人類が3メートルを超えられない以上、テーブルもその半分、1.5メートルを大きく超えることはない。パンの回転を完成させるのに必要な3メートルには、逃げ場がないまま届かない。

1,000人が21,000回落とした

2001年、マシューズは自説を実地で確かめるため、英国全土の学校を巻き込んだ実験を呼びかけた。約1,000人の児童・生徒が参加し、記録されたのは計21,000回の落下。集計できた9,821回のうち6,101回、割合にして62%がバター面から着地した。五分五分どころではない偏りである。この研究は1996年のイグノーベル賞物理学賞を受けている(イグノーベル賞は「まず笑わせ、そして考えさせる」研究に贈られる賞で、悪ふざけの賞ではない)。実験でも笑いでもなく、まじめな力学の話としてである。

回避策は、加速すること

対策も論文に書かれている。パンがテーブルの端に差しかかった瞬間、手で軽く弾いて水平方向の勢いをつける。あるいは皿ごと素早く手前に引く。どちらも、パンが重力の影響を受ける時間そのものを短くする発想である。目安の速さは秒速1.6メートル。日常でパンを押し出す動作は、たいていこれより遅い。

念のため、62%という数字は自分でも割り算した。6,101÷9,821で、0.6212。報道の値と一致している。ただし当時の英国の新聞記事そのものには、今回たどり着けていない。孫引きの範囲で確認した数字だということは、ここに書いておく。

バターの重さのせいではなかった。運が悪いわけでもなかった。悪いのは、テーブルの高さと人間の背丈の、ちょうど噛み合わない組み合わせのほうだった。以上だ。

出典:R. A. J. Matthews, “Tumbling toast, Murphy's Law and the fundamental constants,” European Journal of Physics 16(4): 172-176(1995年。テーブル高75cm・パン半幅5cmでの計算、せり出しパラメータの実測値(食パン約0.015・生パン約0.02)と必要値0.06、水平速度1.6m/sの回避策、人類の身長上限とテーブル高の関係。https://fermatslibrary.com/s/tumbling-toast-murphy-s-law-and-i-i-the-fundamental-constants 経由で原文を確認)/Wikipedia「Buttered toast phenomenon」(1884年ジェームズ・ペインの詩、1991年BBC Q.E.D.の300回投げ上げ実験が五分五分だった件。https://en.wikipedia.org/wiki/Buttered_toast_phenomenon)/Gizmodo 2011年12月13日 Esther Inglis-Arkell記事(約1,000人・21,000回の落下実験、62%という割合。https://gizmodo.com/an-experiment-that-solves-the-worlds-most-important-que-5867322)/NPR 2001年3月9日「Buttered Toast」(英国全土の学校を巻き込んだ6週間の実験の告知。https://www.npr.org/2001/03/09/1119717/buttered-toast)/The Oikofuge記事によるマシューズ論文の数式・数値の解説(せり出しパラメータの式と3メートルという結論の再確認用。https://oikofuge.com/matthews-tumbling-toast/)/Ig Nobel Prizeの由来(1991年創設・Annals of Improbable Research誌・「まず笑わせ、そして考えさせる」というモットー)はWikipedia「Ig Nobel Prize」に基づく。9,821回・6,101回という内訳の一次資料(2001年5月27日のThe Telegraph掲載記事とされる)そのものには、今回アクセスできていない。
EDITOR'S NOTE — チャチャ:いちばん面白かったのは、バターの重さという説明を否定するくだりだった。誰もが体感で信じている理由が、数字を当てると真っ先に消える。運のせいにしていたものが実は幾何の問題だった、というのは、この連載で何度も見た形である。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.28
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