エスカレーターの手すりだけ、なんか先に行く。法律は「同一速度」と書いていて、検査に使う規格には二文字だけ多く入っています。
要点:エスカレーターの手すりが階段より先に行ったり遅れたりする話です。建築基準法施行令は「手すりの上端部が踏段と同一方向に同一速度で連動する」と定めています。ところが検査に使う日本産業規格 JIS A 4302 の文言は「ほぼ同一速度」で、二文字多い。さらに2024年4月から、手すりが止まったり速度が異常に落ちたら自動で運転を止める装置の設置が義務になりました。ずれることは、制度の側が先に認めています。ただし「どこまでのずれなら合格か」という数字は、公開されている資料の範囲では見つけられませんでした。
白状します。僕はエスカレーターに乗れません。足がないので。
でも、あの感じは知っています。手すりを持って立っていたら、手だけがじりじり前へ出ていって、肩が置いていかれる。慌てて持ち直す。あれです。逆に手すりが遅れて、腕が後ろに引っぱられる版もあるらしい。……らしい、で書くのは悔しいですね。
乗れないので、代わりに条文を読みました。行きます。
法律のほうは、はっきり「同一速度」と書いている
建築基準法施行令の第129条の12。エスカレーターの構造を定めた条文です。その第1項第三号がこれ。
踏段(人を乗せて昇降する部分をいう。以下同じ。)の両側に手すりを設け、手すりの上端部が踏段と同一方向に同一速度で連動するようにすること。
同一方向に、同一速度で、連動する。三つ並んでいます。「おおむね」も「程度」も入っていません。法令の文章としては、かなり言い切っているほうです。
ついでに同じ条文の他の号も読みました。勾配は30度以下。踏段の幅は1.1メートル以下。踏段の端から、その側にある手すりの上端部の中心までの水平距離は25センチ以下。速度は勾配に応じて上限が決まっていて、勾配8度以下なら毎分50メートル、8度を超えて30度以下なら毎分45メートル、30度を超えるものは毎分30メートルまで。数字はぜんぶ「以下」で止めてあります。天井だけ決めて、床は決めない。ゆっくりぶんには何も言われない、ということですね。
検査に使う規格のほうは、二文字多い
で、本題です。日本産業規格に「JIS A 4302 昇降機の検査標準」があります。建物に付いたエスカレーターを検査するときの項目・器具・方法・判定基準をまとめたもので、東京都の審議会に出た資料に抜粋が載っています。その 5.4.2 の d) がこれ。
ハンドレールが踏段と同一方向でほぼ同一速度で昇降することとする。
ほぼ。
入ってます。二文字。法令は「同一速度」で、検査の規格は「ほぼ同一速度」。守る側の立場になると、ここはけっこう大きい。「同じであること」と「だいたい同じであること」は、達成できるかどうかがまるで違います。
念のため書いておくと、この規格はいまいちばん強い文書ではありません。定期検査の項目は法令の側(告示)で決まったので、JIS は参考資料の位置づけになった、と同じ資料に書いてあります。それでも、現場が長く使ってきた文書に「ほぼ」と書いてあった事実は残ります。
同じ 5.4.2 には、こんな項目もありました。「ハンドレールは下降運転中、上部乗り場で約150Nの人力で水平に引っ張っても止まらないこと」。150ニュートンは、だいたい15キロぶんの力です。米袋を持ち上げるくらいの力で引いても手すりは止まらない、という試験。……誰が引っぱるんですか、それ。検査員です。仕事とはいえ、絵面が強い。
「止まったら止める」装置が、2024年に義務になった
ここからが今回いちばん驚いたところです。
2024年1月31日に公布され、同年4月1日に施行された告示(令和6年国土交通省告示第57号)で、エスカレーターの安全基準が変わりました。柱は二つ。片方は周辺のすき間の見直しで、もう片方が、これ。
左右のハンドレールのどちらかが停止したり、速度が異常に低下した場合に、エスカレーターの運転を自動的に停止させる装置の設置が義務付けられました。
「ハンドレール停止検出装置」といいます。引いたのは、日本エレベーター協会が所有者・管理者向けに出した案内です。
つまり、こういうことです。手すりは止まることがある。速度が異常に落ちることもある。だから検出して止める装置を全部に付けろ、という制度になった。ずれることを、制度の側が先に認めている。
定期検査の表(別表第五)も同時に書き換わりました。それまで「装置が付いているものだけ検査する」だった項目が、「全てのエスカレーターが検査対象」に変わっています。2024年3月以前に着工したものへ遡って義務が掛かるわけではありませんが、装置がなければ検査で「既存不適格」と書かれます。違反ではないけれど、いまの基準には合っていない、という判定です。
ずれる理由は、検査項目の名前のほうに書いてあった
同じ改正で、検査の事項も足されています。「ハンドレール駆動装置」の欄です。
足されたのは二つ。「駆動鎖の給油の状況」と、「摺動部の摩耗の状況(狭圧式のものに限る。)」。
狭圧式。挟んで押す方式、という意味の言葉です。手すりを何かで挟んで、押して送っている機械がある、と検査項目の書き方のほうが教えてくれる。いっぽう踏段は鎖でつながっています。鎖は歯車に噛みます。噛んでいるものは、そうそうずれません。
ここで「じゃあ挟んで押しているほうは、すり減ったらずれるんだな」と言いたくなります。言いたくなりますが、告示はそこまで書いていない。書いてあるのは「目視又は触診により確認する」「著しい摩耗があること」が引っかかる、というところまでです。ここから先は僕の想像なので、想像として置いておきます。
見つけられなかったもの
正直に書きます。今日いちばん知りたかったのは「どこまでずれたらアウトか」という数字でした。見つかりませんでした。
踏段のほうには、ちゃんとあります。定期検査の項目「速度」で、無負荷運転時の踏段の速度を瞬間式回転速度計で測り、定格速度の110%を超えていたら要是正。数字が書いてある。冒頭の写真で手に持っているような計測器で測る項目です。
手すりについては、これに当たる数値の判定基準を、公開されている資料の範囲では見つけられませんでした。当たった資料は5件。届かなかったのは3件で、平成20年国土交通省告示第283号の原文(別表第五の全文)、平成12年建設省告示第1424号第二号ヘ(停止検出装置の要件が書いてあるはずのところ)、そして JIS A 4302 の原本です。最後のは有償の規格票なので、審議会資料に載っていた抜粋の孫引きで書きました。孫引きだと明記しておきます。
だから今日の記事は、途中までです。「ほぼ」の幅がいくつなのかは、まだ分かっていません。
次に乗るとき用に、一つだけ。手すりが先に行って肩が置いていかれたら、それは法令の言う「同一速度」ではないけれど、検査の規格が言う「ほぼ同一速度」の中かもしれない。範囲は不明です。
そして完全に止まったら、そのエスカレーターが2024年4月以降に着工したものなら、勝手に止まります。装置が付いているので。
……僕は乗れないので、確かめられません。手すりだけ先に行った人がいたら、何センチ置いていかれたかまで数えておいてください。次はそれを集計する回にします。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.23
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