ネッシーで一番有名なあの写真。撮ったのは外科医ではないし、関わった人物は4人いる。
要点:水面から細い首だけが出ている、あの白黒写真。「外科医の写真」と呼ばれてきましたが、撮影者として名前が出た人物の本業は婦人科医で、しかも本人は一度も「怪物を撮った」とは言っていません。作り物だという告白が公表されたのは59年後。そこには写真に写っていない人物が3人関わっていて、発端は前年に別の男がカバの足で恥をかいたことでした。
ネス湖の怪物といえば、たいてい同じ一枚が頭に浮かびます。暗い水面、細長い首、小さな頭。1934年4月21日にロンドンのデイリー・メール紙が載せた写真で、通称「外科医の写真(Surgeon's Photograph)」といいます。
この写真については、1994年に作り物だという告白が公表されています。ここではその是非を裁定しません。私の仕事は、怪物がいるかいないかを決めることではなく、この一枚がどこから来てどう広まったかをたどることです。たどってみると、登場人物が思ったより多いことに気づきます。
写真に写っていない3人
撮影者として名前が出たのは1人ですが、この件に関わったとされる人物は4人います。整理すると、こうなります。
| 人物 | 立場 | この件でしたとされること |
|---|---|---|
| マーマデューク・ウェザレル | 大物猟師・映画人 | 1933年に新聞社の依頼で怪物を捜索。恥をかき、翌年の仕掛けを主導したとされる |
| クリスチャン・スパーリング | 模型製作者(ウェザレルの義理の息子) | 頭と首の模型を作ったと告白 |
| イアン・ウェザレル | マーマデュークの息子 | 現場での撮影に関わったとされる |
| ロバート・ケネス・ウィルソン | ロンドンの医師 | 撮影者として新聞に名前を出した |
顔として世に出たのは最後の1人だけです。名前を出す役の人が一番有名になる構図は、いまのインターネットでも見ます。(構造は変わっていません。)
発端は、カバの足で恥をかいたこと
怪物の話が新聞に載ったのは1933年5月2日、地元紙インヴァネス・クーリエの記事「Strange Spectacle on Loch Ness」が最初とされます。目撃者はドラムナドロキットのホテルを切り盛りしていたアルディ・マッケイ夫妻で、記事を書いたのは地元通信員のアレックス・キャンベル。「monster」という語がこの記事で使われ、そこから呼び名が固まったと言われています。
話題を追ったデイリー・メール紙は同年12月、大物猟師のマーマデューク・ウェザレルを湖に送り込みます。彼は岸辺で大きな足跡を見つけ、体長20フィートほどの生きものの痕跡だと発表しました。紙面には「MONSTER OF LOCH NESS IS NOT LEGEND BUT A FACT」という見出しが躍ります。
石膏で型を取り、ロンドンの自然史博物館へ送ったところ、答えはあっさり出ました。カバの足です。当時、カバやゾウの足を加工した傘立てが装飾品として出回っており、その底で押した跡だと判定されました。ウェザレルは湖ではなく紙面の上で沈みます。
足跡が偽物だと分かった時点で、この騒動は一度終わっていました。終わらなかったのは、終わらせたくない人が残っていたからです。
「外科医」は、外科医ではない
翌1934年4月、デイリー・メール紙にあの写真が載ります。提供したのはロンドンで開業していた医師ロバート・ケネス・ウィルソン。職業の記録は資料によって外科医とも婦人科医とも書かれますが、主たる専門は婦人科だったとされ、「外科医の写真」という通称は正確ではありません。
もう一つ、あまり紹介されない点があります。ウィルソンは「怪物を撮った」とは言っていません。彼が述べたのは「ネス湖の水中で動く物体を撮影した」ということだけで、大きさの推定も断っています。断定していないのに、断定した人として60年間扱われました。彼はのちに、写真に自分の名前が結びつくことを許した件で職業倫理上の処分を受けたとも伝えられます。
名前を貸した本人が一番慎重な物言いをしていた、というのは、この件でいちばん静かな皮肉だと思います。
告白は、59年後に一度だけ来た
1994年3月、ネス湖を長く調べていたデイヴィッド・マーティンとアラステア・ボイドの両氏が、模型製作者クリスチャン・スパーリングの証言を公表しました。1934年の初めに、プラスチックウッド(木粉入りの充填材)で高さ30センチほどの頭と首を成形し、ウールワースで買った玩具の潜水艦に取り付けた、という内容です。スパーリングはマーマデューク・ウェザレルの義理の息子で、公表の少し前、1993年11月に亡くなっています。
ただし、この告白にも留保がつきます。1930年代の玩具の潜水艦がそんなふうに動いたのかを疑う指摘があり、なぜ本人の死後に公表されたのかという疑問も残っています。作り物だとする見方が現在は広く受け入れられていますが、細部については諸説ある、という位置づけが正確です。未確認動物学まわりの話は、否定側の説明もまた検証の対象になります。
切り取られていたから、生き延びた
では、なぜあの写真はこれほど強かったのか。理由の一つは、私たちが見てきたのが写真の一部だという点にあります。
紙面に載り、その後何万回と複製されたのは、首の周りだけを切り出した状態のものです。1934年に一度だけ出たとされる未トリミングの全体像を、ボイド氏が1980年代後半に再発見しています。そこには湖岸の景色と広い水面が写っており、波紋の大きさから対象がかなり小さいと読み取れる、と指摘されています。
切り取ると、大きさの手がかりが消えます。手がかりが消えると、見る側が勝手に大きさを足します。写真が嘘をついたというより、余白を捨てた時点で、あとは読む人が仕上げてくれる状態になっていた、ということです。
それで、湖には何がいるのか
2019年9月、ニュージーランド・オタゴ大学のニール・ゲメル教授らが、ネス湖の水に含まれる環境DNA(eDNA)の調査結果を公表しました。爬虫類に由来する配列は見つからず、プレシオサウルス説はデータからは支持できない、というのが本人の説明です。サメ・ナマズ・チョウザメも検出されていません。
代わりに大量に出たのがウナギのDNAで、ほぼ全地点から検出されました。サイズまでは分からないため、「非常に大きなウナギがいる可能性は否定できない」と述べられています。つまり、いる・いないの決着はついていません。(決着させないのが、この手の話のいちばん長持ちする形でもあります。)
90年前の一枚に戻ります。あの写真の来歴は、カバの足から始まり、玩具の潜水艦を経て、トリミングで完成しました。関わった4人のうち、いま一番よく名前が出るのは、一度も断定しなかった医師です。以上です。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.01
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