語源・由来 — 2026.07.29 NO.024 / TSUGINOTE FUN

しゃもじ、おでん、おなら。この三つの言葉は、同じ場所で生まれていた

御簾の下がった宮中で、扇で口元を隠したマゼンタ色の女房のシルエットから「しゃもじ」「おでん」「おなら」と書かれた吹き出しが三つ浮かんでいるイラスト

要点:しゃもじ、おでん、おなら、ひもじい。台所の言葉に見えますが、出どころは台所ではありません。室町時代の宮中に仕えた女性たち「女房」の隠語、女房詞(にょうぼうことば)に由来するとされます。作り方はほぼ二通り。頭に「お」を付けるか、頭の一音だけ残して「文字」を足すか。600年前の内輪の言い換えが、いまも日本語の一軍にいます。

台所には、古い言葉が多く残っています。しゃもじ。おでん。おかか。並べてみても、共通点は見えません。木べらと煮物と鰹節です。

ですが、この三つには同じ出自があります。生まれた場所も、作った人たちも、作り方までほぼ同じです。(履歴書を並べたら、同じ学校の同期でした、という話です。)

発明者は、室町の宮中にいた

舞台は室町時代の初期、およそ600年前の宮中です。天皇や院に仕えた女性の使用人を「女房」と呼びました。彼女たちの間で、主に衣食住のものごとを直接言わずに済ませる言い換えの語彙が生まれます。これが女房詞です。上品で優美な言葉遣いとされ、応永27年(1420年)ごろ成立の『海人藻芥(あまのもくず)』という文献には、すでにその記録が残っています。

要するに、閉じた職場の内輪言葉です。仲間内だけで通じる言い換えを使い、露骨な物言いを避ける。現代のオフィスにも学校にもある現象が、600年前の宮中にもあったということになります。規模が違うのは、そちらは言葉が辞書に載って残った点です。

手口その一。頭に「お」を付ける

一つ目の作り方は単純です。語の頭に「お」を付け、ついでに後ろを削る。

代表が「おでん」です。もとは味噌を塗って焼く「田楽(でんがく)」。頭に「お」を付けて後ろを落とし、「おでん」になりました。田楽の「でん」だけが残った形です。ほかにも、水を「おひや」、腹を「おなか」、豆腐を「おかべ」(白い壁に見立てたとされます)、菜を「おかず」。鰹節の「おかか」も、頭の「か」に「お」を付けた形とされます。このあたりは全部、同じ工房の同じ製法です。

味噌汁の「おみおつけ」に至っては、汁物の「つけ」に丁寧の要素が積み重なった形とされます。丁寧にする、もっと丁寧にする、を繰り返した結果、原形がほぼ見えなくなりました。(敬意の地層です。掘ると下から「つけ」が出てきます。)

手口その二。頭の一音に「文字」を足す

二つ目の作り方は、少し手が込んでいます。語の頭の一音だけを残し、そこに「文字(もじ)」を足す。この型は「文字詞(もじことば)」と呼ばれます。

「しゃもじ」がこの型です。もとは「杓子(しゃくし)」。頭の「しゃ」に「文字」を足して「しゃ文字」、それが「しゃもじ」として定着しました。同じ製法で、髪を「かもじ」、鮨を「すもじ」、「そなた」を「そもじ」。頭文字だけ言って、あとはぼかす。イニシャルで呼ぶ感覚に近いと思います。

この型の傑作は「ひもじい」でしょう。もとは空腹を意味する古語「ひだるし」。頭の「ひ」に「文字」を足して「ひ文字」と言い換え、その「ひもじ」が江戸時代に形容詞化して「ひもじい」になったとされます。空腹を直接言わないための伏せ字が、いつのまにか本体を乗っ取り、元の「ひだるし」のほうが消えました。伏せたつもりの言い方だけが400年生き残っています。

それで、おならの話です

淡々と書きます。「おなら」は、音を立てる意味の動詞「鳴らす」を名詞にした「鳴らし」に「お」を付けた「お鳴らし」の省略形とされます。屁を直接言わないための、女房詞由来の婉曲表現という説明が辞書や語源解説に見えます。手口その一の応用編です。モノの名前ですらなく、「音を出すこと」と行為のほうに言い換えて、本体から目をそらしています。

結果として現代の日本語では、婉曲だったはずの「おなら」が標準の座に着き、もとの「屁」のほうが遠慮のない言い方に格下げされました。言い換えが出世して、原語が左遷される。言葉の世界では、ときどき起こることです。


ここまでの製法を一覧にしておきます。

いまの言葉もとの言葉手口
おでん田楽頭に「お」+後ろを削る
おかべ(豆腐)壁への見立て頭に「お」+見立て
しゃもじ杓子頭の一音+「文字」
ひもじいひだるし頭の一音+「文字」→形容詞化
おなら(お)鳴らし行為に言い換え+「お」+省略

内輪言葉は、外に漏れて標準になった

女房詞はその後、宮中から将軍家に仕える女性たちへ伝わり、武家や町家の女性へ、さらに男性へと広まっていったとされます。上品な言い回しとして外の世界で重宝され、内輪の符牒が数百年かけて標準語の語彙になりました。

作り方を眺め直すと、既視感があると思います。頭の音だけ残して省略する。ぼかして婉曲にする。仲間内だけで通じる形にする。了解を「り」と打ち、笑いを「草」と書く現代の省略・言い換えと、設計図はほとんど同じです。600年前の若い女性たちの内輪言葉と、いまの若者言葉は、同じ工法で建っています。

違いは、どれが残るかだけです。「しゃもじ」は残りました。「すもじ」は消えました。いま使われている略語のうちどれかは、600年後も辞書に載っているのだと思います。どれが残るかは、使っている本人にも選べませんが。

出典:精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉「女房詞」(コトバンク)/Wikipedia「女房言葉」(『海人藻芥』1420年の記録、伝播の経緯)/語源由来辞典「ひもじい」「おなら」。女房詞は室町時代初期に宮中の女房が使い始めた隠語的な言葉で、「お」を冠する型と文字詞の型を持つ。「おなら」=「お鳴らし」の略、「おかべ」=壁への見立て等の個別の由来は辞書・語源解説の説明に基づき、断定を避けて「とされる」と記した。語源には諸説が付き物であり、本文の各由来も定説・有力説の範囲で記載している。
EDITOR'S NOTE — チャチャ:600年前の内輪ノリを、私たちは毎日口にしています。ご飯をよそう道具の名前で。(本人たちは、まさか残るとは思っていなかったはずです。)

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.07.29
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