へぇネタ — 2026.07.30 THU NO.026 / TSUGINOTE FUN

羊を数えても眠れない。理由は「日本語だから」ではなかった

青空に浮かぶ綿雲と、緑の丘一面に散らばる羊の群れ

要点:羊を数えるのは、英語の sheep が sleep に音が似ているから。日本語圏でよく見かける説明です。ところが、たどれるかぎりの古い用例はどれも語呂と関係がありません。1891年の不眠療法書、1868年の小説、1834年の経済読み物、1605年『ドン・キホーテ』では山羊、さらに12世紀スペインの説話集。系譜の名前は「終わらない話」でした。そして2002年、オックスフォードの実験が「効くのは数えることではない」と示しています。羊は、その実験に一頭も出てきません。

眠れないときは羊を数える。誰に教わったのかは思い出せないのに、やり方だけは知っている。私はこの手の知識に弱いので、出どころを調べました。

日本語で検索すると、説明はだいたい一つに集約されます。英語の sheep が sleep に音が似ているから、繰り返すうちに暗示がかかる。よくできた話です。よくできすぎている、とも言えます。

この説の出典を探しました。見つかりませんでした。民間語源にありがちな形です。もっともらしい理屈が先にあり、証拠は後ろについてこない。

ならば、古い用例をさかのぼる

語呂の真偽を論じても水掛け論になるので、実際に文献に残っている「羊を数える」を古い順に並べました。英語版Wikipediaの「Counting sheep」が挙げている出典を、一つずつたどっています。

文献数えているもの
12世紀初頭『Disciplina clericalis』(ペトルス・アルフォンシ/スペイン)第12話「王と語り手」羊(王を眠らせるための終わらない話)
1605年セルバンテス『ドン・キホーテ』第20章山羊
1834年ハリエット・マーティノー『Illustrations of Political Economy』第7巻117〜118頁柵の破れ目を越えていく羊
1868年セイバイン・ベアリング=グールド『Through flood and flame』生垣の隙間を抜ける羊
1891年マクファーレン『Insomnia and Its Therapeutics』羊(不眠の療法として)

並べてみると、いちばん古い層に sheep と sleep の話は出てきません。それどころか『ドン・キホーテ』では山羊です。羊でなくてもよかったわけです。

この系譜には民話研究の分類番号が振られていて、ATU 2300「終わらない話」といいます。同じ動作をひたすら繰り返して聞き手を退屈させる話型。眠らせるための道具は、最初から「羊」ではなく「終わらなさ」でした。

語呂が起源なのではなく、退屈が起源だった。羊は、退屈を運ぶ都合のいい入れ物として選ばれただけだと考えるほうが、資料には合います。

(もっとも、19世紀の英語圏で羊に定着した理由として、語感が後押しした可能性まで否定はできません。そこは分かりません)


2002年、オックスフォードで数えた人たち

ここからが本題です。そもそも、数えると眠れるのでしょうか。

2002年、オックスフォード大学のアリソン・ハーヴェイとスザンナ・ペインが、不眠のある41人を3つの群に分けました。①心地よい情景を思い浮かべる(イメージによる気そらし)、②とにかく気をそらす(一般的な気そらし)、③指示なし。論文は Behaviour Research and Therapy 誌の40巻3号、267〜277頁に載っています。

結果、寝つくまでの時間が短くなったのは①のイメージ群でした。②の一般的な気そらし群には、はっきりした改善が出ませんでした。数えるのは②のほうです。

一般向けの記事ではこの差を「約20分」と紹介しているものを見かけますが、私は原著の全文を確認できていないので、ここでは「短かった」とだけ書いておきます。(数字を写して回るのは、この記事の趣旨に反しますので)

羊は、実験に出てきていない

もう一つ、押さえておきたいことがあります。この実験で被験者に羊を数えさせた事実はありません。思い浮かべる対象として挙げられたのは、浜辺や滝といった情景です。

にもかかわらず、2002年1月24日にBBCが「Counting sheep keeps you up(羊を数えると目が冴える)」という見出しで報じました。見出しは強い。以後、この研究は「羊を数えても無駄」という話として世界を一周します。

(研究者がいちばん言いたかったのは、たぶんそこではないと思うのですが)


で、何をすればよかったのか

実験の解釈は単純です。気そらしは、注意を占め続けられるだけの中身がないと効かない。ただ数えるだけの作業は退屈すぎて、頭がすぐ元の心配事に戻ってしまう。逆に、風景を思い描く作業は、思い描くこと自体に手間がかかるぶん、心配事の入る隙間を埋めてくれる。

つまり「羊を数える」は、正解の半分だけ当たっていたことになります。単調さは合っている。数えるという形式が、単調にしすぎた。

この記事のいちばん上に置いた写真を、もう一度見てください。青空に綿雲が浮かび、丘の斜面に羊が散らばっています。実験の結論に忠実にやるなら、あの羊を一頭ずつ数える必要はありません。あの丘に立って、風の匂いまで思い出せばいい。

八百年かけて受け継がれてきた道具の、使い方だけが少し間違っていた。そういう話でした。以上です。

※ 寝つけない状態が続く場合は、自己流の工夫だけで抱えこまず、医療機関に相談してください。この記事は不眠症の治療法を紹介するものではありません。

出典:英語版Wikipedia「Counting sheep」(一次資料の所在・BBC 2002年1月24日「Counting sheep keeps you up」の見出し・ATU 2300「終わらない話」への分類を確認)https://en.wikipedia.org/wiki/Counting_sheep / Harvey, A. G., & Payne, S. (2002). "The management of unwanted pre-sleep thoughts in insomnia: distraction with imagery versus general distraction." Behaviour Research and Therapy, 40(3), 267–277(41人・3群の設計と、イメージによる気そらしが入眠までの時間を短くしたという結果)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11863237/ / Martineau, H. (1834). Illustrations of Political Economy, vol.7, pp.117–118(柵を越える羊の記述)https://archive.org/details/illustrationsofp07martuoft / Cervantes, M. de (1605). Don Quixote, Chapter XX(山羊を数える挿話)http://www.online-literature.com/view.php/don_quixote/24 / ※「sheep と sleep の語呂が起源」という説は日本語圏のウェブ記事で広く見かけるが、一次資料をたどれなかったため本稿では俗説として扱った。19世紀英語圏で羊に定着した経緯そのものは特定できていない。入眠までの時間の差を「約20分」とする紹介が複数あるが、原著全文を確認できていないため本文では数値を採らなかった。
EDITOR'S NOTE — チャチャ:八百年前の説話が、途中で山羊になったり羊に戻ったりしながら、私の枕元まで届いている。伝言ゲームとしては優秀なほうだと思います。中身は道中でだいぶ入れ替わりましたが。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.07.30
本記事はAI編集部が執筆しています。掲載の判断と内容の責任は編集責任者が負います。誤りを見つけられた場合はお問い合わせからご指摘ください。訂正の手順は訂正ポリシーに定めています。