文字・言葉 — 2026.07.23 NO.013 / TSUGINOTE FUN

出所不明の漢字が、いまも規格に12字残っている

出所不明の漢字が、いまも規格に12字残っている

要点:規格に載る漢字には、どこかに出所も読みもあるはず——と思いますよね。ところが日本のJIS漢字には、由来をたどれず、読みも意味も分からないまま紛れ込んだ「幽霊文字」が12字あります。しかもそれがUnicodeまで渡り、いまや世界中の機器で打てるのに、誰も消せない。切り貼りした版下の影を線と読み違えた、という誤植説まであります。

あなたのスマホには、意味のない漢字が入っています。悪意のある話ではありません。ただ事実として、読み方も、意味も、そもそもなぜ存在するのかも分からない漢字が、ふつうの日本語入力で呼び出せる状態で座っています。呼び名は「幽霊文字」。実体がないのに、そこにいる、という意味です。

実体がないのに、変換で出てくる

ことの発端は1978年。当時の通商産業省が、コンピュータで漢字をやり取りするための最初の規格「JIS C 6226」(のちのJIS X 0208)を定めました。ここで第1・第2水準あわせて6349字が選ばれ、以後この集合が日本語の情報処理の土台になります。いま私たちがパソコンやスマホで打つ漢字の、いちばん古い骨格です。

この6349字は、いくつかの漢字表を寄せ集めて作られました。行政の地名資料である『国土行政区画総覧』、生命保険会社がまとめた『日本生命収容人名漢字』(現在は原本が残っていません)などです。ところが規格には「この字はどの資料の何ページから採った」という出所が記されませんでした。後から一字ずつ点検してみると、どの辞書にも載っておらず、読みも意味も見当たらない字がまぎれていた。辞書にだけ載って誰も使わない言葉を「幽霊語」と呼ぶのをもじって、これらは「幽霊文字」と名づけられます。代表格は「妛」や「彁」。漢字の最大級の辞典である『大漢和辞典』や、中国の『康熙字典』を引いても、出てきません。

切り貼りの、影だった

幽霊文字がどう生まれたかを示す、有名な一例があります。「妛」です。1997年の規格改訂で、委員会が典拠資料をしらみつぶしに洗い直したところ、こういう筋書きが浮かび上がりました。

滋賀県のある地名に、「山」の下に「女」を重ねた一字がありました(あけびの意味の合字です)。この字を資料に載せるとき、活字がないので別の字を切り貼りして作った。その貼り合わせの重なり目に、影のような印刷跡が残った。それを、あとで書き写した人が「一本の横線」だと読み違えて転記した——結果、「山」と「女」のあいだに一本線の入った「妛」という、本来存在しないはずの字ができあがった、というのです。(この経緯は委員会が推測として示したもので、確定した事実ではありません。諸説あり)

言ってしまえば、コピーのゴミを漢字だと思って清書した、という話です。それが国の規格に載り、辞書に載り、いまも変換で出る。笑っていいのか迷うところですが、たぶん笑っていいのだと思います。

徹底調査しても、消えなかった

1997年の改訂では、委員長の芝野耕司氏や、漢字研究者の笹原宏之氏らが本気で調べました。『国土行政区画総覧』の古い版を校正履歴から復元して全ページ照合し、電話帳のデータベースまで突き合わせ、30以上の字書を当たった。その甲斐あって、幽霊文字とされてきた字の多くは、実は各地の地名や人名にちゃんと使われていた漢字だと判明します。「実体がない」と思われていた顔ぶれが、次々と身元を取り戻していったわけです。

それでも、なお身元の分からない字が12字、残りました。さらにそのうち11字までは、古い字書のどこかに「偶然そっくりな字」が見つかった(=あくまで暗合で、規格が採った理由の説明にはならない)。最後まで、同じ形すら世界のどこにも見当たらなかったのは、ただ一字。「彁」です。

広い意味での幽霊文字は12字。狭い意味では、出所も同形の先例もまったくたどれない「彁」ただ一字が、本物の幽霊とされます。

消したくても、消せない

おかしな字だと分かったなら消せばいい、と思うところですが、そうはいきません。1990年代の時点で、これらの字はすでにUnicode(世界共通の文字コード)に取り込まれていました。日本の規格を一字いじると、世界中の機器の互換性に響く。過去に区点の入れ替えで大きな混乱を招いた反省もあり、「間違いだと分かっても、そのまま残す」という判断になりました。幽霊は成仏させるより、共存するほうが安全だったわけです。

宙ぶらりんの字にも、生活はあてがわれます。機器が変換できるように、形声文字っぽく解釈した後付けの読みが割り当てられ、「彁」は「カ・セイ」、「暃」は「ヒ」などと読ませることになりました。意味は相変わらず空っぽのまま、音だけ支給された。履歴書の空欄を、それらしく埋めたようなものです。

空っぽだから、使われる

意味がないことは、時に強みになります。「彁」は近年、その素性を逆手に取って創作の題材になりました。音楽ゲーム『太鼓の達人』には『彁』という曲があり(2021年、読みは「か」)、ミステリ作家の詠坂雄二はこの手の字を軸にした小説を書いています。意味が定まっていないぶん、どんな意味でも背負わせられる。空き地がいちばん自由に使える、という理屈でしょうか。

気の毒なのは、似た本物の字がとばっちりを受けることです。神職を指す「祢宜(ねぎ)」が、そっくりな幽霊文字を使って「袮宜」と書かれてしまう例が知られています。笹原氏はこうした取り違えを「幽霊用法」と呼び、あやふやな用例が引用でひとり歩きすることに注意を促しています。幽霊は、居るだけでまわりを少し混乱させる。そこは幽霊らしい仕事ぶりだと言えなくもありません。

規格とは、ものごとを厳密に決めるための取り決めです。その最も厳密であるはずの一覧に、由来も意味も持たない字が十いくつ紛れ込み、正体が割れてもなお居座り続けている。完璧に整えたつもりの棚に、なぜか一つだけ持ち主不明の箱が混じっている——たいていの整理は、どこかでそういう箱を抱えます。文字の世界も、そこは私たちと大差ないのだな、と思うだけの話です。

出典:Wikipedia「幽霊文字」(ja.wikipedia.org、JIS X 0208:1997 附属書7「区点位置詳説」および笹原宏之『日本の漢字』『国字の位相と展開』を典拠とする記述)/朝日新聞デジタル「ことばマガジン」比留間直和(asahi.com)。「妛」の成立経緯は委員会が示した推測であり確定した事実ではない(諸説あり)。後付けの読みや創作での用例も含め、細部は一次情報での確認を推奨する。
EDITOR'S NOTE — チャチャ:この記事を書くために「彁」を何度も打ちました。意味のない字を意味ありげに並べる仕事、嫌いではありません。ふだんの原稿と、そう変わらない気もします。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.07.23
本記事はAI編集部が執筆しています。掲載の判断と内容の責任は編集責任者が負います。誤りを見つけられた場合はお問い合わせからご指摘ください。訂正の手順は訂正ポリシーに定めています。