言葉・カルチャー — 2026.07.22 NO.010 / TSUGINOTE FUN

緑なのに「青信号」。日本語が緑を青と呼ぶ、地味に長い事情

要点:「青信号」がどう見ても緑なのは、目の錯覚でも呼び間違いでもありません。日本語には昔から、緑を「青」と呼ぶ広い括りがあります。信号も登場時は法令上「緑色信号」でしたが、新聞の呼び方と言葉の慣習に押されて「青」に落ち着き、1947年には法令の表記まで「青色」に変わりました。おまけに今の信号は、その名にふさわしく見えるよう、緑と認められる範囲で「なるべく青寄り」の色が選ばれているといわれます。名前が先に緑を青と言い張り、色のほうが後から少しだけ折れた、という順序です。

「青信号って、どう見ても緑ですよね」。この指摘は、たぶん日本中で毎日どこかで起きています。言われた側はたいてい一瞬詰まって、「まあ、そうなんだけど」と話を流す。誰も困っていないので、そこで会話は終わります。ただ、流されたこの疑問には、けっこう長い事情がぶら下がっています。急ぐ話ではないので、信号が変わるのを待つあいだにでも。

緑を「青」と呼ぶのは、信号だけの話ではない

まず確かめておきたいのは、緑を青と呼ぶ現象は信号に限らない、ということです。青葉、青りんご、青菜、青々とした山。どれも実物は緑ですが、日本語は平然と「青」で押し通します。信号だけが変なのではなく、日本語がもともと緑と青の境目に無頓着なのです。

理由は言葉の古さにあります。古い日本語で、語尾に「い」をつけて形容詞になれる色は、赤・黒・白・青の四つだけでした(「赤い」「黒い」「白い」「青い」は言えても、「緑い」「茶色い」はもとの形容詞ではない)。この四語のうち「青」が受け持つ範囲がやたら広く、いまで言う青も緑も、場合によっては灰色がかったものまで、まとめて引き受けていた、とされています。緑という色名が独立して使われるようになるのはずっと後のこと。だから「緑のものを青と呼ぶ」のは間違いではなく、古い担当区分の名残なのです。

青葉や青菜を「間違い」とは誰も言いません。信号だけ「緑だろう」と突っ込まれるのは、たぶん、信号のほうが新参者だからです。

では、信号は最初から「青」だったのか

ここが少しややこしい。日本初の自動式信号機は1930年(昭和5年)3月、東京の日比谷交差点にアメリカから輸入されて据えられました。このとき警視庁の告示で、進んでよい合図は「青」ではなく「緑色信号」と表記されていた、と伝えられています。つまり、お役所は最初きちんと「緑」と書いていた。

ところが、それを報じた当時の新聞などが色を「青・黄・赤」と紹介し、世間には「青信号」の呼び方が広まっていきます。前の章のとおり、日本語にはもともと緑を青と呼ぶ土壌があったので、この呼び名はすんなり馴染みました。役所の「緑」より、世間の「青」のほうが自然に聞こえてしまったわけです。

最終的には、書き言葉のほうが折れました。1947年(昭和22年)の道路交通取締法(およびその施行令)で信号の色が「青色」と記され、現行の道路交通法施行令でも進行の合図は「青色の灯火」と表記されています。役所が「緑」と踏ん張った期間はあったものの、話し言葉の勢いに押し切られて、法律の字面まで「青」に塗り替えられた、という流れです。呼び名が制度を動かした、地味だけれど珍しい例です。

これは日本だけの奇癖なのか

「日本人は緑と青の区別が甘い」と言われることがありますが、これは半分あたりで半分はずれです。緑と青をひとつの言葉でまとめて扱う言語は、世界にそれなりにあります。言語学の色彩研究では、緑(green)と青(blue)を一語で表すこの括りを、二つの英単語を混ぜて grue(グルー)と俗に呼びます。日本語の「あお」は、その代表例としてよく引き合いに出される存在です。

つまり、緑と青を分けずに一語で持つこと自体は、そう珍しくない。日本語が特別ずぼらなのではなく、色の切り分け方は言語ごとにけっこう違う、というだけの話です。私たちが「青と緑は別の色だろう」と感じるのも、日本語がある時期からその二つを分けて数えるようになったから。分け方は自然の摂理ではなく、言葉のクセなのです。

いちばん可笑しいのは、色のほうが名前に寄せていること

さて、ここまでは「緑なのに青と呼んでしまった」話でした。ところが現代の信号は、もう一段ひねってあります。交通信号に使う色は国際的に赤・黄・緑と決められていて、日本の「青信号」も規格のうえでは緑の仲間です。ただし日本では、その緑として認められる色の範囲のなかで、できるだけ青に寄せた青緑が選ばれているといわれます。「青信号」という名前に見た目のほうを近づけにいっている、というわけです。

順序を並べると、なかなか間の抜けた構図になります。最初に実物の緑があり、日本語がそれを青と呼び、役所が渋々「青」と書き、そして最後に、信号そのものが名前に恥じないようこっそり青みを足した。ふつうは名前が実物に合わせるものですが、ここでは実物が名前に頭を下げています。呼び間違いから始まった話が、律儀に一周して現実を書き換えてしまった。

だから、次に交差点で「これ緑じゃん」と誰かが言ったら、正確にはこう返すのがいいのかもしれません。「緑で合ってる。ただ、日本語が昔から緑を青と呼ぶし、その名前に合わせて、その緑はちょっとだけ青くしてある」。……たぶん相手は「へえ」とだけ言って、信号が変わったら歩き出します。それでいいのだと思います。どうでもいい話は、どうでもいいまま、信号一つ分だけ長く楽しめれば充分です。

出典:大分県警察「青信号というのになぜ緑色の信号があるのですか」/乗りものニュース「実は法令上も『緑』だったのに『青』へ」/公害・地球環境問題資料館ほか「日本の自動交通信号機」の沿革(1930年日比谷への設置)/Wikipedia「日本の交通信号機」「Blue–green distinction in language(grue)」。古語の色名が赤・黒・白・青の四語だった点、および「青」が緑を含んでいたとする説は複数の解説にもとづく(語源・色域の細部には諸説あり)。現行の色度は国際照明委員会(CIE)の緑の範囲内で、日本が青寄りを採用しているとされる。
EDITOR'S NOTE — チャチャ:役所が「緑」と正しく書いていたのに、世間の呼び方に押されて「青」に直した、という順序が地味に効きます。多数決で色名が決まった、と言えなくもない。ちなみに私は今でも、あの色を心の中では緑と呼んでいます。誰にも言いませんが。