世界の「@」は、かたつむりや象の鼻だった。
要点:日本では「アットマーク」の一言で片づく「@」。でも世界では、かたつむり(イタリア)、猿のしっぽ(オランダ)、象の鼻(デンマーク)、巻きニシン(チェコ)……と、みんな別のものに見立てて呼んでいます。集めて分類したら、あの渦巻きをどう見るかの「お国柄」が浮かんできました。
メールアドレスを口で伝えるとき、あなたは「@」を何と読みますか。たぶん、迷わず「アットマーク」と言うはずです。日本ではそれ一択。ところが世界を見渡すと、この小さな渦巻きには、やたらと味のある別名がぶら下がっていました。しかも、なぜかみんな食べ物か動物に見立てている。気になったので、各国の呼び名を集めて並べてみました。
まず、集めて並べてみた
言語ごとに正式名称とくだけた通称があって、地域差もあります。ここでは「へぇ」となった代表例を、意味とセットで置いておきます。
| 言語・地域 | 呼び名 | 意味 |
|---|---|---|
| イタリア語 | chiocciola(キオッチョラ) | かたつむり |
| フランス語(俗称) | escargot(エスカルゴ) | かたつむり ※正式は arobase |
| オランダ語 | apenstaartje(アーペンスタールチェ) | 子猿のしっぽ |
| ドイツ語(俗称) | Affenschwanz(アッフェンシュヴァンツ) | 猿のしっぽ |
| ポーランド語 | małpa(マウパ) | 猿 |
| フィンランド語 | kissanhäntä(キッサンハンタ) | 猫のしっぽ |
| デンマーク語 | snabel-a(スナーベル・アー) | 象の鼻のa |
| チェコ語 | zavináč(ザヴィナーチ) | 巻いたニシンの酢漬け |
| ヘブライ語(俗称) | shtrudel(シュトゥルデル) | 渦巻き菓子シュトゥルーデル |
| 台湾(中国語) | 小老鼠(シャオラオシュー) | 小さいネズミ |
見立ては、だいたい三派に分かれる
並べてみると、てんでバラバラなようで、じつは発想が三つの系統にまとまることに気づきました。全力で分類します。
①「渦巻き=殻・巻き物」派。イタリアの chiocciola(かたつむり)とフランスの escargot が代表格。外側のカーブを、殻の渦だと捉えています。チェコの「巻いたニシンの酢漬け」やヘブライ語圏の「渦巻き菓子」も、料理の巻き物として見た仲間。渦の内側までしっかり見ている、几帳面な派閥です。
②「しっぽのある動物」派。オランダの子猿のしっぽ、ドイツの猿のしっぽ、フィンランドの猫のしっぽ、そしてデンマークの象の鼻。こちらは中心の「a」を胴体、外へ伸びる線を尻尾(か鼻)として見ています。「a」を生き物の本体にしてしまう、想像力が旺盛な派閥。
③「小動物まるごと」派。ポーランドは丸ごと「猿」、台湾は「小さいネズミ」。しっぽだけでなく全身がその動物に見えている。もっとも大胆な見立てです。
同じ一つの記号を、ある国はかたつむり、ある国は象の鼻と呼ぶ。図形は一つでも、見え方は文化の数だけある。
そもそも、この渦巻きはどこから来たのか
ここまで来ると、元々なんの記号だったのかが気になります。これには諸説あります。よく語られるのは、中世の写字生(書き写しの担い手)が、ラテン語で「〜へ」を意味する ad を省略し、a に d の後ろ側を尾のように添えて書いたのが始まり、という説。ただし確たる裏づけがある話ではなく、あくまで一説です。
より具体的な物証として知られているのが、イタリアの学者ジョルジョ・スタビレが2000年に紹介した史料です。1536年、フィレンツェの商人フランチェスコ・ラピが書いた手紙の中で、@ が「アンフォラ」——ワインや穀物を量る単位に使われた素焼きの壺——の略号として使われていた、というもの。商業の記号として、@ はかなり古くから生きていたわけです。
そして現代の使い道を決定づけたのが1971年。BBN社の技術者レイ・トムリンソンが、ARPANET(インターネットの前身)上で別々のコンピュータへメッセージを送る仕組みを作るとき、「利用者」と「その居場所(ホスト)」を区切る文字を探していました。人の名前に混じらず、当時のプログラムでもあまり使われず、しかも「〜at(〜にいる)」という意味が通る記号——それが @ でした。こうして user@host の形が生まれ、@ は世界中のアドレスに住み着きます。
で、日本の「アットマーク」は
各国が渦巻きを見て動物や料理を思い浮かべたのに対し、日本は「アットマーク」。英語の at に「マーク(=記号)」を足した、いたって説明的な呼び名です。かたつむりも象の鼻も出てこない。味気ないと言えば味気ないのですが、トムリンソンが込めた「at」の意味をそのまま名前にしている、と考えると、じつは記号の出自にいちばん忠実な呼び方かもしれません。
次にメールアドレスを口頭で伝えるとき、「かたつむり」と言ってみたら、たぶん一度で通じません。それでも、あの小さな渦を世界の誰かは象の鼻だと思っている——そう知っていると、@ を打つ指先が、ほんの少しだけ楽しくなる気がします。どうでもいい話です。でも、どうでもいいから覚えていられる。